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2008年01月10日
プロダクトニュース
10万ルピー(約28万円)で発売される予定の「Nano」は、基本モデルにはエアコンもパワーウインドーもパワステもないらしい。ある意味潔い。
ミニマリズム
ミニマリズム(minimalism):1960年代のアメリカにおいて、美術・建築などの造形芸術分野に登場した表現傾向、またその創作理論。装飾的な要素を最小限に切り詰め、シンプルなフォルムを特徴としている。
主な作家
ソル・ルウィット
ダン・フレイヴィン
ドナルド・ジャッド
カール・アンドレ
フランク・ステラ
リチャード・セラ
ロバート・モリスなど
関係書籍
ジェイムズ・マイヤー,小坂 雅行訳,『ミニマリズム』,ファイドン,2005
関連ホームページ
グッゲンハイム美術館(Minimalism collection): http://www.guggenheimcollection.org/site/movement_works_Minimalism_0.html
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主な作家
ソル・ルウィット
ダン・フレイヴィン
ドナルド・ジャッド
カール・アンドレ
フランク・ステラ
リチャード・セラ
ロバート・モリスなど
関係書籍
ジェイムズ・マイヤー,小坂 雅行訳,『ミニマリズム』,ファイドン,2005
関連ホームページ
グッゲンハイム美術館(Minimalism collection): http://www.guggenheimcollection.org/site/movement_works_Minimalism_0.html
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ウォルター・デ・マリア
ウォルター・デ・マリア(Walter De Maria):1935年、アメリカ・カルフォルニアに生まれる。ロバート・スミッソン、マイケル・ハイザーとともに、アースワーク代表的な作家。
略歴
1935年 アメリカ・カルフォルニアに生まれる。
カルフォルニア大学バークレイ校で歴史と美術を学ぶ。
1960年 ニューヨークに移住
1966年 ニューヨーク、ユダヤ博物館「Primary Structures展」
1968年 ミュンヘンで最初の個展
1984年 ロッテルダム、The Museum Boymans-van Beuningen
1987年 シュトゥットガルト、The Staatsgalerie
1991年 フランクフルト、The Museum fur Moderne Kunst
1999年 チューリッヒ、The Kunsthaus
作品
1968年、ミュンヘンのハイナー・フリードリッヒ画廊の床一面を土で埋め尽くす。代表的なアースワークとして、ネヴァダの砂漠にチョークの粉を使って12フィートの間隔で平行線を1マイルにわたって引いた「長さ1マイルのドローイング」。
1970年代には、ニューメキシコの砂漠に400本もの避雷針を立て、雷を落とす「ザ・ライトニング・フィールド」。画廊の床に、長さ2mの真鍮の棒を整然と並べた「ザ・ブロウクン・キロメーター」など。
関係書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
関連ホームページ
Diaアート財団:http://www.diaart.org/exhibs_b/demaria/index.html
The Lightning Field:http://www.lightningfield.org/
The New York Earth Room:http://www.earthroom.org/
The Broken Kilometer:http://www.brokenkilometer.org/
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略歴
1935年 アメリカ・カルフォルニアに生まれる。
カルフォルニア大学バークレイ校で歴史と美術を学ぶ。
1960年 ニューヨークに移住
1966年 ニューヨーク、ユダヤ博物館「Primary Structures展」
1968年 ミュンヘンで最初の個展
1984年 ロッテルダム、The Museum Boymans-van Beuningen
1987年 シュトゥットガルト、The Staatsgalerie
1991年 フランクフルト、The Museum fur Moderne Kunst
1999年 チューリッヒ、The Kunsthaus
作品
1968年、ミュンヘンのハイナー・フリードリッヒ画廊の床一面を土で埋め尽くす。代表的なアースワークとして、ネヴァダの砂漠にチョークの粉を使って12フィートの間隔で平行線を1マイルにわたって引いた「長さ1マイルのドローイング」。
1970年代には、ニューメキシコの砂漠に400本もの避雷針を立て、雷を落とす「ザ・ライトニング・フィールド」。画廊の床に、長さ2mの真鍮の棒を整然と並べた「ザ・ブロウクン・キロメーター」など。
関係書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
関連ホームページ
Diaアート財団:http://www.diaart.org/exhibs_b/demaria/index.html
The Lightning Field:http://www.lightningfield.org/
The New York Earth Room:http://www.earthroom.org/
The Broken Kilometer:http://www.brokenkilometer.org/
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ロバート・スミッソン
ロバート・スミッソン(Robert Smithson):1938年、アメリカ・ニュージャージーに生まれる。ウォルター・デ・マリア、マイケル・ハイザーとともに、アースワーク代表的な作家。
略歴
1938年 アメリカ・ニュージャージーに生まれる。
1959年 ニューヨークで初個展
1970年 ユタ州の沼地に、「スパイラル・ジェッティ(螺旋形の突堤)」を発表。岩石等を用いて巨大な渦巻状の突堤を作った。
1973年 テキサス・アマリロで「アマリロ・ランプ」の制作に取り組んでいる中、飛行機事故で死去
1980年 ニューヨーク、The Herbert F. Johnson Museum of Artで回顧展
1993年 バレンシア、Centre Julio Gonzalezで回顧展
1999年 オスロ、The National Museum of Contemporary Artで回顧展
作品
1968年 カルフォルニアとネヴァタで採集した火山物質を金属の容器に入れ、壁面にそれを採取した場所を示す地図と場所の写真を展示。
1969年 採石場に幾つもの鏡を設置。それを撮影した作品を発表。ローマ近郊の採石場で、トラック一杯分のアスファルトを斜面に撒いた「アスファルト降下」を発表。
1970年 ユタ州の沼地で、「スパイラル・ジェッティ(螺旋形の突堤)」を発表。岩石等を用いて巨大な(全長457m)渦巻状の突堤を作った。
関係書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
ロバート・スミッソン関連書籍一覧 >>(洋書)
関連ホームページ
ロバート・スミッソン ホームページ:
http://www.robertsmithson.com/
Diaアート財団:
http://www.diacenter.org/exhibs_b/smithson/index.html
Renaissance Society:
http://renaissancesociety.org/site/Exhibitions/Intro.171.0.0.0.0.html
Artcyclopedia:
http://www.artcyclopedia.com/artists/smithson_robert.html
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略歴
1938年 アメリカ・ニュージャージーに生まれる。
1959年 ニューヨークで初個展
1970年 ユタ州の沼地に、「スパイラル・ジェッティ(螺旋形の突堤)」を発表。岩石等を用いて巨大な渦巻状の突堤を作った。
1973年 テキサス・アマリロで「アマリロ・ランプ」の制作に取り組んでいる中、飛行機事故で死去
1980年 ニューヨーク、The Herbert F. Johnson Museum of Artで回顧展
1993年 バレンシア、Centre Julio Gonzalezで回顧展
1999年 オスロ、The National Museum of Contemporary Artで回顧展
作品
1968年 カルフォルニアとネヴァタで採集した火山物質を金属の容器に入れ、壁面にそれを採取した場所を示す地図と場所の写真を展示。
1969年 採石場に幾つもの鏡を設置。それを撮影した作品を発表。ローマ近郊の採石場で、トラック一杯分のアスファルトを斜面に撒いた「アスファルト降下」を発表。
1970年 ユタ州の沼地で、「スパイラル・ジェッティ(螺旋形の突堤)」を発表。岩石等を用いて巨大な(全長457m)渦巻状の突堤を作った。
関係書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
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関連ホームページ
ロバート・スミッソン ホームページ:
http://www.robertsmithson.com/
Diaアート財団:
http://www.diacenter.org/exhibs_b/smithson/index.html
Renaissance Society:
http://renaissancesociety.org/site/Exhibitions/Intro.171.0.0.0.0.html
Artcyclopedia:
http://www.artcyclopedia.com/artists/smithson_robert.html
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ワルター・グロピウス
ヴァルター・アードルフ・ゲオルク・グロピウス(Walter Adolph Georg Gropius):1883年5月18日、ドイツ・ベルリンに生まれる。1969年7月5日、マサチューセッツ州ボストンにて死去。モダニズム建築を代表するドイツの建築家。
バウハウスの創立者であり、1919年〜1928年まで初代校長を務めた。 ル・コルビュジェ、 フランク・ロイド・ライト、 ミース・ファン・デル・ローエとともに、近代建築の四大巨匠の一人とされる。
略歴
1883年( 0 歳):ドイツ・ベルリンに生まれる。
1903年(20歳):ミュンヘン工科大学で建築を学ぶ。
1905年(22歳):ベルリン工科大学で建築を学ぶ。(1907年まで)
1908年(25歳):ペーター・ベーレンスの事務所で働く。
1910年(27歳):ベルリンに建築事務所を設立、アドルフ・マイヤーと共同作業を行う。
1911年(28歳):ドイツエ作連盟の会員となる。
1912年(29歳):ドイツ建築家連盟の会員となる。
1919年(36歳):国立造形学校「バウハウス」を創立、初代校長を務める。(1928年まで)
1937年(54歳):ハーヴァード大学大学院建築学科教授に就任
1938年(55歳):同大学建築学科の主任を務める(1952年まで)。ニューヨーク近代美術館主催「バウハウス1919-1928」展を企画、ブロイヤーと共同で事務所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)を経営(1941年まで)
1946年(63歳):建築家共同体(TAC)設立
1948年(65歳):CIAMの会長を務める。(1950年まで)
1964年(81歳):ダルムシュタットにバウハウス・アルヒーフを設計
1969年(86歳):マサチューセッツ州ボストンにて死去
主な作品
1926年 バウハウス デッサウ校舎
1911年 ファグス製靴工場
1963年 パンナムビル
主な著作等
ワルター・グロピウス,桐敷 真次郎訳,『デモクラシーのアポロン』,彰国社,1972
ワルター・グロピウス,貞包 博幸訳,『国際建築』,中央公論美術出版,1991
ワルター・グロピウス,宮島 久雄訳,『バウハウス工房の新製品』,中央公論美術出版,1991
ワルター・グロピウス,利光 功訳,『デッサウのバウハウス建築』,中央公論美術出版,1995
ワルター・グロピウス関連書籍一覧へ >>(和書)
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関連ホームページ
Galinsky.com:
http://www.galinsky.com/architects/gropius/
Fagus Gropius:
http://www.fagus-gropius.com/content/home/
Bauhaus in America:
http://www.mindspring.com/~cliofilm/
BBCインタビュー:
http://www.bbc.co.uk/bbcfour/audiointerviews/profilepages/gropiusw1.shtml
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バウハウスの創立者であり、1919年〜1928年まで初代校長を務めた。 ル・コルビュジェ、 フランク・ロイド・ライト、 ミース・ファン・デル・ローエとともに、近代建築の四大巨匠の一人とされる。
略歴
1883年( 0 歳):ドイツ・ベルリンに生まれる。
1903年(20歳):ミュンヘン工科大学で建築を学ぶ。
1905年(22歳):ベルリン工科大学で建築を学ぶ。(1907年まで)
1908年(25歳):ペーター・ベーレンスの事務所で働く。
1910年(27歳):ベルリンに建築事務所を設立、アドルフ・マイヤーと共同作業を行う。
1911年(28歳):ドイツエ作連盟の会員となる。
1912年(29歳):ドイツ建築家連盟の会員となる。
1919年(36歳):国立造形学校「バウハウス」を創立、初代校長を務める。(1928年まで)
1937年(54歳):ハーヴァード大学大学院建築学科教授に就任
1938年(55歳):同大学建築学科の主任を務める(1952年まで)。ニューヨーク近代美術館主催「バウハウス1919-1928」展を企画、ブロイヤーと共同で事務所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)を経営(1941年まで)
1946年(63歳):建築家共同体(TAC)設立
1948年(65歳):CIAMの会長を務める。(1950年まで)
1964年(81歳):ダルムシュタットにバウハウス・アルヒーフを設計
1969年(86歳):マサチューセッツ州ボストンにて死去
主な作品
1926年 バウハウス デッサウ校舎
1911年 ファグス製靴工場
1963年 パンナムビル
主な著作等
ワルター・グロピウス,桐敷 真次郎訳,『デモクラシーのアポロン』,彰国社,1972
ワルター・グロピウス,貞包 博幸訳,『国際建築』,中央公論美術出版,1991
ワルター・グロピウス,宮島 久雄訳,『バウハウス工房の新製品』,中央公論美術出版,1991
ワルター・グロピウス,利光 功訳,『デッサウのバウハウス建築』,中央公論美術出版,1995
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関連ホームページ
Galinsky.com:
http://www.galinsky.com/architects/gropius/
Fagus Gropius:
http://www.fagus-gropius.com/content/home/
Bauhaus in America:
http://www.mindspring.com/~cliofilm/
BBCインタビュー:
http://www.bbc.co.uk/bbcfour/audiointerviews/profilepages/gropiusw1.shtml
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フランク・ロイド・ライト
フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright):1867年6月8日、アメリカ、ウィスコンシン州に生まれる。1959年4月9日、アリゾナ州フェニックスにて死去。アメリカの建築家。アメリカに多くの作品を残している。日本にも作品を残している。
ル・コルビュジェ、 ミース・ファン・デル・ローエとともに近代建築の三大巨匠と呼ばれる(ワルター・グロピウスを加えて四大巨匠とすることもある)。
略歴
1867年( 0 歳):アメリカ・ウィスコンシン州に生まれる。
1885年(18歳):ウィスコンシン大学土木科入学、数ヶ月後中退
1887年(20歳):ライマン・シルスビーで働く。その後、シカゴのアドラー&サリヴァン建築事務所で働く。
1893年(26歳):事務所を開設、ウィリアム・H・ウィンズロー邸
1905年(38歳):初来日
1906年(39歳):ユニティ・テンプル
1909年(42歳):ロビー邸、事務所を閉鎖
1911年(44歳):事務所を再開、タリアセン
1923年(56歳):帝国ホテル
1932年(65歳):タリアセン・フェローシップ設立
1936年(69歳):ユーソニアン・システム開発
1937年(70歳):落水荘
1938年(71歳):タリアセン・ウェスト
1939年(72歳):ジョンソン・ワックス本社
1952年(85歳):プライスタワー
1959年(91歳):グッゲンハイム美術館、アリゾナ州フェニックスにて逝去
主な作品
1889 ライト自邸と事務所
1894 ウィンズロー邸
1903 ラーキン・ビル
1904 ユニティ教会
1906 ロビー邸
1913 ミッドウェー・ガーデン
1914 タリアセンU
1925 タリアセンV
1937 落水荘
1938 タリアセン・ウエスト
1939 ジョンソン・ワックス社
1944 ジョンソン・ワックス研究棟
1959 グッゲンハイム美術館
主な著作等
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『ライトの遺言』,彰国社1966
フランク・ロイド・ライト,遠藤 楽訳,『ライトの住宅ー自然・人間・建築』,彰国社1967
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『ライトの都市論』,彰国社,1968
フランク・ロイド・ライト,エドガー・カウフマン,谷川 正己訳,『ライトの建築論』, 彰国社,1970
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『建築について 上 』(SD選書 158), 鹿島出版会,1980
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己, 谷川 睦子訳,『建築について 下 』(SD選書 159), 鹿島出版会,980
フランク・ロイド・ライト,内井 昭蔵訳,『フランク・ロイド・ライトー建築家への手紙』,丸善,1986
フランク・ロイド・ライト,内井 昭蔵,小林 陽子訳,『フランク・ロイド・ライトー弟子達への手紙』, 丸善,1987
フランク・ロイド・ライト,樋口 清訳,『フランク・ロイド・ライト 自伝ーある芸術の展開』,中央公論美術出版,2000
ブルース・ブルックス・ファイファー,ロバート・ヴォトヴィッツ,富岡 義人訳,『ライト=マンフォード往復書簡集1926‐1959』,鹿島出版会,2005
フランク・ロイド・ライト関連書籍一覧へ >>(和書)
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関連ホームページ
フランク・ロイド・ライト財団:
http://www.franklloydwright.org/
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ル・コルビュジェ、 ミース・ファン・デル・ローエとともに近代建築の三大巨匠と呼ばれる(ワルター・グロピウスを加えて四大巨匠とすることもある)。
略歴
1867年( 0 歳):アメリカ・ウィスコンシン州に生まれる。
1885年(18歳):ウィスコンシン大学土木科入学、数ヶ月後中退
1887年(20歳):ライマン・シルスビーで働く。その後、シカゴのアドラー&サリヴァン建築事務所で働く。
1893年(26歳):事務所を開設、ウィリアム・H・ウィンズロー邸
1905年(38歳):初来日
1906年(39歳):ユニティ・テンプル
1909年(42歳):ロビー邸、事務所を閉鎖
1911年(44歳):事務所を再開、タリアセン
1923年(56歳):帝国ホテル
1932年(65歳):タリアセン・フェローシップ設立
1936年(69歳):ユーソニアン・システム開発
1937年(70歳):落水荘
1938年(71歳):タリアセン・ウェスト
1939年(72歳):ジョンソン・ワックス本社
1952年(85歳):プライスタワー
1959年(91歳):グッゲンハイム美術館、アリゾナ州フェニックスにて逝去
主な作品
1889 ライト自邸と事務所
1894 ウィンズロー邸
1903 ラーキン・ビル
1904 ユニティ教会
1906 ロビー邸
1913 ミッドウェー・ガーデン
1914 タリアセンU
1925 タリアセンV
1937 落水荘
1938 タリアセン・ウエスト
1939 ジョンソン・ワックス社
1944 ジョンソン・ワックス研究棟
1959 グッゲンハイム美術館
主な著作等
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『ライトの遺言』,彰国社1966
フランク・ロイド・ライト,遠藤 楽訳,『ライトの住宅ー自然・人間・建築』,彰国社1967
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『ライトの都市論』,彰国社,1968
フランク・ロイド・ライト,エドガー・カウフマン,谷川 正己訳,『ライトの建築論』, 彰国社,1970
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己,谷川 睦子訳,『建築について 上 』(SD選書 158), 鹿島出版会,1980
フランク・ロイド・ライト,谷川 正己, 谷川 睦子訳,『建築について 下 』(SD選書 159), 鹿島出版会,980
フランク・ロイド・ライト,内井 昭蔵訳,『フランク・ロイド・ライトー建築家への手紙』,丸善,1986
フランク・ロイド・ライト,内井 昭蔵,小林 陽子訳,『フランク・ロイド・ライトー弟子達への手紙』, 丸善,1987
フランク・ロイド・ライト,樋口 清訳,『フランク・ロイド・ライト 自伝ーある芸術の展開』,中央公論美術出版,2000
ブルース・ブルックス・ファイファー,ロバート・ヴォトヴィッツ,富岡 義人訳,『ライト=マンフォード往復書簡集1926‐1959』,鹿島出版会,2005
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関連ホームページ
フランク・ロイド・ライト財団:
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ウルム造形大学
ウルム造形大学(Hochschule fur gestaltung ulm):1953年、旧西ドイツのウルムにオトル・アイヒャー、マックス・ビルらが設立した造形大学。
バウハウス出身のマックス・ビルが初代校長となり、 バウハウスの理念を継承し、機能主義的な造形を基本とした。 プロダクト・デザイン、建築、ヴィジュアル・コミュニケーション、インフォメーション、映画制作部門の5つの学科から構成されていた。
オトル・アイヒャーらがヴィジュアル・コミュニケーションという概念を唱え、その確立に努めた。
同大学は1968年には閉鎖され、その活動は僅か15年間であったが、その理論と実践を通じて、20世紀後半初期の世界のデザイン界に主導的な役割を果たした。
関連ホームページ
HfG-Archiv Ulm:
http://www.hfg-archiv.ulm.de/
Women at the hfg ulm:
http://www.frauen-hfg-ulm.de/
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バウハウス出身のマックス・ビルが初代校長となり、 バウハウスの理念を継承し、機能主義的な造形を基本とした。 プロダクト・デザイン、建築、ヴィジュアル・コミュニケーション、インフォメーション、映画制作部門の5つの学科から構成されていた。
オトル・アイヒャーらがヴィジュアル・コミュニケーションという概念を唱え、その確立に努めた。
同大学は1968年には閉鎖され、その活動は僅か15年間であったが、その理論と実践を通じて、20世紀後半初期の世界のデザイン界に主導的な役割を果たした。
関連ホームページ
HfG-Archiv Ulm:
http://www.hfg-archiv.ulm.de/
Women at the hfg ulm:
http://www.frauen-hfg-ulm.de/
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グッドデザイン賞
グッドデザイン賞(Good Design Award):1957年にスタートした、わが国で唯一の総合的デザイン評価・推奨の仕組みである。この活動によって積み上げられてきた「グッドデザイン」は30,000件以上にのぼる。
グッドデザイン賞は、単に美しさを競うデザインコンペではなく、「優れたデザイン」を社会に普及させていくことで、生活をより豊かにすることと、産業の発展とを同時に後押ししようとする活動である。行政、企業、デザイナー、そして生活者が一体となってより豊かな社会を実現するための運動である。
関連書籍
日本産業デザイン振興会編,『ジャパンデザインーグッドデザインアワード・イヤーブック2006-2007』,日本産業デザイン振興会,2007
日本産業デザイン振興会編,『Gマーク大全ーグッドデザイン賞の50年』,日本産業デザイン振興会,2007
関連ホームページ
グッドデザイン賞ホームページ:
http://www.g-mark.org/index.html
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グッドデザイン賞は、単に美しさを競うデザインコンペではなく、「優れたデザイン」を社会に普及させていくことで、生活をより豊かにすることと、産業の発展とを同時に後押ししようとする活動である。行政、企業、デザイナー、そして生活者が一体となってより豊かな社会を実現するための運動である。
関連書籍
日本産業デザイン振興会編,『ジャパンデザインーグッドデザインアワード・イヤーブック2006-2007』,日本産業デザイン振興会,2007
日本産業デザイン振興会編,『Gマーク大全ーグッドデザイン賞の50年』,日本産業デザイン振興会,2007
関連ホームページ
グッドデザイン賞ホームページ:
http://www.g-mark.org/index.html
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コム・デ・ギャルソン
コム・デ・ギャルソン(Comme des Garcons):日本のファッションデザイナー、川久保玲が1969年に設立したブランド。
黒を中心としたモノトーンを中心としつつ、服の表面に対し、ねじれや歪み、アシンメトリーといった大胆な手法を取り入れたことにより、布の平面性とそこから可能な表現を追求した。生地をあえてぼろぼろにして使ったり、セーターに穴をあけるなど、前衛的な表現が多く見られた。こうした表現はそれまでのモードの常識を覆すものであった。
その後、「黒」がその流行によってありふれた色となったことで、黒の持つ「反抗」の意味が欠落すると、「赤」等の色彩も用いるようになった。 性差を大胆に超える伸びやかでかつ斬新なデザイン等などにより、先進的な試みは国際的に高い評価を受け続けている。
関連著作
南谷 えり子,『スタディ・オブ・コム デ ギャルソン』,リトルモア,2004
清水 早苗,NHK番組制作班,『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』,平凡社,2005
フランス グラン,井上 嗣也,『コムデギャルソン』,光琳社,1998
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黒を中心としたモノトーンを中心としつつ、服の表面に対し、ねじれや歪み、アシンメトリーといった大胆な手法を取り入れたことにより、布の平面性とそこから可能な表現を追求した。生地をあえてぼろぼろにして使ったり、セーターに穴をあけるなど、前衛的な表現が多く見られた。こうした表現はそれまでのモードの常識を覆すものであった。
その後、「黒」がその流行によってありふれた色となったことで、黒の持つ「反抗」の意味が欠落すると、「赤」等の色彩も用いるようになった。 性差を大胆に超える伸びやかでかつ斬新なデザイン等などにより、先進的な試みは国際的に高い評価を受け続けている。
関連著作
南谷 えり子,『スタディ・オブ・コム デ ギャルソン』,リトルモア,2004
清水 早苗,NHK番組制作班,『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』,平凡社,2005
フランス グラン,井上 嗣也,『コムデギャルソン』,光琳社,1998
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ネヴィル・ブロディ
ネヴィル・ブロディ(Neville Brody):1957年 4月23日 、 ロンドン に生まれる。英国 のグラフィックデザイナー 、 タイポグラファー、アートディレクター 。
雑誌「Face」等のデザインで知られる。
関連ホームページ
Neville Brody:
http://www.researchstudios.com/home/006-neville-brody/NEVILLE_home.php
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雑誌「Face」等のデザインで知られる。
関連ホームページ
Neville Brody:
http://www.researchstudios.com/home/006-neville-brody/NEVILLE_home.php
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レイモンド・ローウィ
レイモンド・ローウィ(Raymond Loewy):1893年11月5日、フランス・パリに生まれる。 1986年7月14日、死去。
主にアメリカで活動し、「口紅から機関車まで」と言われるように様々な分野で活躍した。インダストリアルデザインの草分けとして知られ、20世紀を代表するデザイナーである。
略歴
1893年 1893年11月5日、フランス・パリに生まれる。
1919年 ニューヨークへ渡る。メイシー百貨店などの店舗装飾やヴォーグ誌、ハーパス・バザー誌でファッション・イラストレーション、グラフィックなどの仕事を始めた。
1929年 ゲシュテットナー社の複写機のデザインを手がける。工業製品におけるインダストリアル・デザインの重要性が注目を集めた。
1934年 ペンシルヴァニア鉄道の電気機関車GG1を風洞実験の結果、かろやかな流線型にリ・デザインする。
1938年 アメリカ市民権を取得する。
1986年 7月14日、死去。
業績
「口紅から機関車まで」という言葉に象徴されるようにラッキーストライク、ナビスコ、シェルなどブランドロゴのデザインや、コカコーラのデザイン、機機関車、飛行機、自動車等、日用品から工業機械に至る様々な分野のデザイン活動を行う。
アメリカを中心に、百数十社に及ぶデザインコンサルタントを努めた。インダストリアルデザイン界に大きな影響を与えた、20世紀を代表するデザイナーである。
日本では、昭和27年(1952)発売の「ピース」のデザイナーとして知られ、戦後の日本のデザイン界の発展にも大きな影響を与えた。
主な著作
レイモンド・ローウイ,藤山 愛一郎訳,『口紅から機関車までーインダストリアル・デザイナーの個人的記録』, 鹿島出版会,1981
レイモンド・ローウイ関連書籍一覧 >>(和書)
レイモンド・ローウイ関連書籍一覧 >>(洋書)
関連ホームページ
レイモンド・ローウィ公式サイト:
http://www.raymondloewy.com/
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主にアメリカで活動し、「口紅から機関車まで」と言われるように様々な分野で活躍した。インダストリアルデザインの草分けとして知られ、20世紀を代表するデザイナーである。
略歴
1893年 1893年11月5日、フランス・パリに生まれる。
1919年 ニューヨークへ渡る。メイシー百貨店などの店舗装飾やヴォーグ誌、ハーパス・バザー誌でファッション・イラストレーション、グラフィックなどの仕事を始めた。
1929年 ゲシュテットナー社の複写機のデザインを手がける。工業製品におけるインダストリアル・デザインの重要性が注目を集めた。
1934年 ペンシルヴァニア鉄道の電気機関車GG1を風洞実験の結果、かろやかな流線型にリ・デザインする。
1938年 アメリカ市民権を取得する。
1986年 7月14日、死去。
業績
「口紅から機関車まで」という言葉に象徴されるようにラッキーストライク、ナビスコ、シェルなどブランドロゴのデザインや、コカコーラのデザイン、機機関車、飛行機、自動車等、日用品から工業機械に至る様々な分野のデザイン活動を行う。
アメリカを中心に、百数十社に及ぶデザインコンサルタントを努めた。インダストリアルデザイン界に大きな影響を与えた、20世紀を代表するデザイナーである。
日本では、昭和27年(1952)発売の「ピース」のデザイナーとして知られ、戦後の日本のデザイン界の発展にも大きな影響を与えた。
主な著作
レイモンド・ローウイ,藤山 愛一郎訳,『口紅から機関車までーインダストリアル・デザイナーの個人的記録』, 鹿島出版会,1981
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レイモンド・ローウィ公式サイト:
http://www.raymondloewy.com/
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ルイス・カーン
ルイス・イザドア・カーン(Louis Isadore Kahn):1901年2月20日、ロシア帝国(当時)のエストニア地方サーレマー島に生まれる。1974年3月17日、アメリカ・ニューヨークにて死去。
アメリカ合衆国の著名な建築家で、都市計画の立案や大学教授を歴任。主に、公共建築を多く手がけた。
略歴
1901年( 0 歳):ロシア帝国(当時)のエストニア地方サーレマー島に生まれる。
1906年( 5 歳):家族とともに渡米後、フィラデルフィアに定住
1920年(19歳):ペンシルバニア大学美術学部建築学科入学 1924年(23歳):ペンシルバニア大学美術学部建築学科卒業、その後、ヨーロッパに旅行
1925年(24歳):ジョン・モリトールの事務所で働く。フィラデルフィア万国博の主席デザイナーに就任
1929年(28歳):ポール・クレの事務所で働く。
1935年(34歳):事務所を開設
1937年(36歳):フィラデルフィア住宅局顧問建築家
1939年(38歳):アメリカ合衆国住宅局顧問建築家
1947年(46歳):イエール大学で教鞭をとる(1957年まで)。イエール大学アートギャラリー、フィラデルフィアの都市計画・交通スタディにも携わる。
1957年(56歳):フィラデルフィアのペンシルバニア大学に移る(1974年まで)。ペンシルベニア大学リチャーズ医学研究棟で注目を集める。
1971年(70歳):アメリカ建築家協会、ゴールド・メダルを受賞
1972年(71歳):王立英国建築家協会、ゴールド・メダルを受賞
1974年(73歳):アメリカ・ニューヨークで死去
主な作品
1953 イエール大学アートギャラリー
1959 ユダヤ・コミュニティーセンター
1961 トリビューン・レヴュー・ビル
1965 リチャーズ医学生物学研究棟
1965 ソーク生物学研究所
1967 ファースト・ユニタリアン教会
1970 オリヴェッティ・アンダーウッド工場
1972 キンベル美術館
1974 バングラデシュ首都大学、議事堂
1974 イエール大学英国美術研究センター
主な著作等
ルイス・カーン,前田 忠直訳,『ルイス・カーン建築論集』,鹿島出版会,1992
ルイス・カーン,香山 壽夫訳,『建築家の講義』,丸善,2007
ルイス・カーン関連書籍一覧へ >>(和書)
ルイス・カーン関連書籍一覧へ >>(洋書)
関連ホームページ
ペンシルバニア大学ルイス・カーンコレクション:
http://www.design.upenn.edu/archives/majorcollections/kahn/likidxname.html
マイ・アーキテクト(伝記映画)サイト:
http://www.myarchitectfilm.com/
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アメリカ合衆国の著名な建築家で、都市計画の立案や大学教授を歴任。主に、公共建築を多く手がけた。
略歴
1901年( 0 歳):ロシア帝国(当時)のエストニア地方サーレマー島に生まれる。
1906年( 5 歳):家族とともに渡米後、フィラデルフィアに定住
1920年(19歳):ペンシルバニア大学美術学部建築学科入学 1924年(23歳):ペンシルバニア大学美術学部建築学科卒業、その後、ヨーロッパに旅行
1925年(24歳):ジョン・モリトールの事務所で働く。フィラデルフィア万国博の主席デザイナーに就任
1929年(28歳):ポール・クレの事務所で働く。
1935年(34歳):事務所を開設
1937年(36歳):フィラデルフィア住宅局顧問建築家
1939年(38歳):アメリカ合衆国住宅局顧問建築家
1947年(46歳):イエール大学で教鞭をとる(1957年まで)。イエール大学アートギャラリー、フィラデルフィアの都市計画・交通スタディにも携わる。
1957年(56歳):フィラデルフィアのペンシルバニア大学に移る(1974年まで)。ペンシルベニア大学リチャーズ医学研究棟で注目を集める。
1971年(70歳):アメリカ建築家協会、ゴールド・メダルを受賞
1972年(71歳):王立英国建築家協会、ゴールド・メダルを受賞
1974年(73歳):アメリカ・ニューヨークで死去
主な作品
1953 イエール大学アートギャラリー
1959 ユダヤ・コミュニティーセンター
1961 トリビューン・レヴュー・ビル
1965 リチャーズ医学生物学研究棟
1965 ソーク生物学研究所
1967 ファースト・ユニタリアン教会
1970 オリヴェッティ・アンダーウッド工場
1972 キンベル美術館
1974 バングラデシュ首都大学、議事堂
1974 イエール大学英国美術研究センター
主な著作等
ルイス・カーン,前田 忠直訳,『ルイス・カーン建築論集』,鹿島出版会,1992
ルイス・カーン,香山 壽夫訳,『建築家の講義』,丸善,2007
ルイス・カーン関連書籍一覧へ >>(和書)
ルイス・カーン関連書籍一覧へ >>(洋書)
関連ホームページ
ペンシルバニア大学ルイス・カーンコレクション:
http://www.design.upenn.edu/archives/majorcollections/kahn/likidxname.html
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リチャード・セラ
リチャード・セラ(Richard Serra):1939年11月2日、アメリカ・サンフランシスコに生まれる。鉄や鉛を素材とした作品を作る。
略歴
1939年 11月2日、アメリカ・サンフランシスコに生まれる。
1957ー1961年 カリフォルニア大学バークレー校、その後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で学ぶ。
1961ー1964年 エール大学でファイン・アートを学ぶ。
1968年 鉄工場で働いたことから、鉛や鉄などの素材を使用していくことになる。
1981年 連邦ビル前の「傾いた弧」(重量73tの鉄の弧)で大衆の反目を浴びる。
1985年 「傾いた弧」撤去決定
1986年 ニューヨーク近代美術館(MoMA)で展覧会
1989年 「傾いた弧」撤去
1998年 ロサンゼルス現代美術館で展覧会
2007年 MoMAで回顧展開催
作品
1960年代末、ゴムを用いた作品を経て、鉄工場で働いたことから、鉛や鉄などの素材を使用していくことになる。鉛板をロールして壁面に持たせかける等の作品や、溶けた鉛の痕跡を形にした作品を制作する。
1970年代になると、美術館等での発表を避けるようになり、都市等の外界空間の特定の場所に、鉄を用いた巨大な作品を手がけはじめる。
1981年、高さ3.6m、長さ36m、重量73tの『傾いた弧』を制作。マンハッタンのジェヴィッツ連邦ビル前に設置されたが、作品の撤去を求める請願書署名運動が起こるスキャンダルになった。
関連書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
リチャード・セラ関連書籍一覧 >>(洋書)
関連ホームページ
MoMA [Richard Serra Sculpture: Forty Years]:
http://moma.org/exhibitions/2007/serra/
Gagosian Gallery:
http://www.gagosian.com/artists/richard-serra/
PBS:
http://www.pbs.org/art21/artists/serra/
Artcyclopedia:
http://www.artcyclopedia.com/artists/serra_richard.html
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略歴
1939年 11月2日、アメリカ・サンフランシスコに生まれる。
1957ー1961年 カリフォルニア大学バークレー校、その後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で学ぶ。
1961ー1964年 エール大学でファイン・アートを学ぶ。
1968年 鉄工場で働いたことから、鉛や鉄などの素材を使用していくことになる。
1981年 連邦ビル前の「傾いた弧」(重量73tの鉄の弧)で大衆の反目を浴びる。
1985年 「傾いた弧」撤去決定
1986年 ニューヨーク近代美術館(MoMA)で展覧会
1989年 「傾いた弧」撤去
1998年 ロサンゼルス現代美術館で展覧会
2007年 MoMAで回顧展開催
作品
1960年代末、ゴムを用いた作品を経て、鉄工場で働いたことから、鉛や鉄などの素材を使用していくことになる。鉛板をロールして壁面に持たせかける等の作品や、溶けた鉛の痕跡を形にした作品を制作する。
1970年代になると、美術館等での発表を避けるようになり、都市等の外界空間の特定の場所に、鉄を用いた巨大な作品を手がけはじめる。
1981年、高さ3.6m、長さ36m、重量73tの『傾いた弧』を制作。マンハッタンのジェヴィッツ連邦ビル前に設置されたが、作品の撤去を求める請願書署名運動が起こるスキャンダルになった。
関連書籍
中原祐介監修,『現代美術事典ーアンフォルメルからニュー・ペインティングまで』,美術出版社,1984
美術手帳編集部編,『現代美術ーウォーホル以後』,美術出版社,1990
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関連ホームページ
MoMA [Richard Serra Sculpture: Forty Years]:
http://moma.org/exhibitions/2007/serra/
Gagosian Gallery:
http://www.gagosian.com/artists/richard-serra/
PBS:
http://www.pbs.org/art21/artists/serra/
Artcyclopedia:
http://www.artcyclopedia.com/artists/serra_richard.html
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コムデギャルソンのコレクション記事
コムデギャルソン(comme des garcons)の過去のコレクション記事を集めてみました。
<08年春夏パリ・コレクション>コム デ ギャルソン/vogue.com
http://www.vogue.co.jp/fashion/shows/08ssrtw/paris/commedesgarcons/runway_01.html
<08年春夏パリ・コレクション>コム デ ギャルソン、新作を発表
http://www.afpbb.com/fashion/2204555
<07/08年秋冬パリ・コレクション>コム デ ギャルソン、新作を発表 - フランス
http://www.afpbb.com/fashion/1378132
<07年春夏パリコレクション>コム デ ギャルソン、新作を発表−フランス
http://www.afpbb.com/fashion/9507459
<2007年春夏パリメンズコレクション>コムデギャルソン、新作を発表
http://www.afpbb.com/fashion/697973
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